Club-Z特集:Zuken Innovarion World 2015特別レポート2

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更新日 2016-01-20 | 作成日 2007-12-03

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《 Zuken Innovation World 2015 特別レポート② 》

「デライトデザイン技術開発を目指して」

 東京大学 大学院工学系研究科 鈴木宏正教授による講演内容のご紹介

2015.11.26

(はじめに)
国プロの概要についてご紹介させていただきます。これは、昨年度より内閣府とNEDOが進めている「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)」と呼ぶプロジェクトの一部です。SIPの中には10個のテーマがあり、そのうちの1つに「革新的設計生産技術」と題するものがあります。このテーマに対して、我々のプロジェクトを含む24個のプロジェクトが採択されました。この24個のプロジェクトの多くは、いわゆる3Dプリンターを中心とした「新しいものを作る製造方法」に関わるものですが、「革新的な設計方法」に関わるプロジェクトが数テーマ含まれています。この「革新的な設計手法」に対して「デライトデザイン」を標榜して研究開発が行われています。我々、東京大学も以前より「デライトデザイン」に関わる技術として、「感性に基づいた魅力品質設計ができる環境」すなわち「デライトデザインプラットフォーム」を提案しておりました。それが採択されて、昨年度からプロジェクトを始めています。


■ 魅力品質、デライトデザインとは?
CZ99_suzuki_001.jpg図1 (クリックで拡大表示)
図1は、製品の品質に関する狩野モデルの図です。狩野先生という方が、品質について提唱されたものですが、これを設計に置き換えて我々は考えています。右下が「Must設計」です。製品が持っていてあたりまえの品質、自動車でいうと走る、曲がる、止まるという機能の設計です。これが少しでも満たされていないとお客は非常に不満を持ちます。もうひとつが「Better設計」です。例えば、燃費が良いとか、故障しづらいというような性能品質を向上させる設計を指します。

この「あたりまえ品質」と「性能品質」を伸ばすことによって、日本はものづくりを進めてきたところがあります。しかし、これだけでは競争力をなかなか得られなくなってきています。そうしたことから「製品の魅力品質」を向上させるための「デライト設計」(図1の左上)の必要性が増えてきています。それがなくても性能的には問題ないが、少しでもあればお客様に非常に喜んでもらえる、このような品質を作り込んでいく必要があるのではないでしょうか。ただ我々は、製品としては「魅力品質」だけでは成り立たず、「あたりまえ品質」と「性能品質」があってこそとも考えているため、広い意味での「魅力品質」とはこれら3つの品質すべてを指すものとして考えています。

CZ99_suzuki_002.JPG図2 (クリックで拡大表示)
図2に示しているのは、いくつかの製品イメージです。例えば性能品質は、メモリの容量だとか、風量、消費電力などを指します。それに対してデライト品質は、操作感とか、心地よさなどを指しています。

キーワードは“感性に訴えるものづくり”。魅力品質を上げる方法はいろいろあると思いますが、このプロジェクトでは「感性」というものに注目してプロジェクトを進めています。

先ほども述べたとおり、魅力的なところだけ作り込んでも良い製品にはなりません。「デライト品質」は「性能品質」や「あたりまえ品質」も含んでいるものとし、これら全ての品質を考慮ができる設計支援の枠組み作りを行っています。

CZ99_suzuki_003.JPG図3 (クリックで拡大表示)
この設計支援の枠組みに、「デライトデザインプラットフォーム」という名前をつけています。さらに我々はこれを、「感性データベース構築技術」「感性モデリング技術」「感性統合化技術」「感性リバース技術」の4つの技術分野に分類し研究開発を行っています。

それぞれの技術分野の説明をするにあたり、ヘアドライヤーの製品音を例に説明いたします。



■ 感性データベース構築技術

ヘアドライヤーの音の性能品質を向上させるためには、なるべく騒音ノイズが低く、うるさくないヘアドライヤーを開発することを考えますが、デライト品質の向上では、なるべく心地よい音のヘアドライヤーを開発することを考えます。

例えば、騒音レベルのような物理特性は、騒音計で定量的に計ることができますが、人が感じる「感性量」を計ることは非常に難しいです。「音」の場合は、以前より世界的に研究が盛んに行われており、Sound Quality Metrics(SQ)と呼ばれている「ラウドネス」「シャープネス」「ラフネス」などを感性量として扱うことで、人が感じる音の特性を定量的に表現することができます。我々は、これを「感性指標」と呼び、データベースに製品情報として蓄えます。

CZ99_suzuki_004.JPG図4 (クリックで拡大表示)
その一方で官能試験も行います。複数の被検者に各ヘアドライヤーの音を聞かせてアンケートを実施し、魅力の大きさを表す指標(魅力指標)をデータベースに蓄えます。これにより、ヘアドライヤーの音について「感性指標」と「魅力指標」がデータベースに蓄えられたことになります。この後は、データベースに対して簡単な統計解析を行うことで、「感性指標」と「魅力指標」との関係式を導き出すことができ、音の「感性指標」から定量的に「魅力指標」を評価できるようになります。


図5は、ある「魅力指標」に関連する「感性指標」にドライヤーの音をマップしたものです。

CZ99_suzuki_005.JPG図5 (クリックで拡大表示)
この図では「感性指標」は4つですが、一般的にはこの指標は多くなり、「魅力指標」の全体像を把握することは難しくなります。そこで対象の「魅力指標」に最も関連性のある「感性指標」からなる主成分だけを利用し、2次元グラフ上にプロットします(図6)。この2次元グラフのことを我々は「デライトマップ」と呼んでいます。各ヘアドライヤーの「感性指標」の値を使い、「デライトマップ」上に各ヘアドライヤーをプロットしていきます。これにより、自社のヘアドライヤーが感性空間の中で、他社製に比べてどのような位置付けになるのかを視覚的に捉えること可能になります。

CZ99_suzuki_006.JPG図6 (クリックで拡大表示)
例えば、デライトマップ上に対象の魅力指標を表す等高線を表示することで、「自社のヘアドライヤーの心地よさという観点の魅力指標値が3点だった」「競合他社製品の魅力指標値は4点である」ということがわかるようになります。これを利用し、心地よいドライヤーを狙おうと思った時に、魅力指標の目標値をどこに持っていたらいいかということが、デライトマップを利用して検討していくことができます。

このように感性データベースに蓄えられた情報からデライトマップを作り出し、その上に他社品も含めた既存品をプロットすることで、新規開発製品の目標の策定を視覚的に捉えられることができるようになります。さらにデライトマップ上でまだ市場に出ていない領域を見つけ出し、これまでにない新しい魅力の実現方法を探索することができるようになります。

こういったことは各社が独自にやろうと思えばできることですが、忙しい技術者や設計者がこういうことをやるのは大変だろうということで、例えば心地よい音や持ちやすさなどの感性データベースを我々がある程度用意し、かつナビゲーションするところのソフトウェアも用意しようと考えています。