図研 from Z Vol.14
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佐さ瀬せ 勇いさむさん昭和11(1936)年8月6日生まれ。昭和30(1955)年より、先代・佐瀬米蔵氏のもとに修業に入る。平成元年より軸までガラスのガラスペンの制作を開始。今も現役の職人として、3代目・良知義浩氏とともにガラスペンの制作に励む。平成24年度東京都優秀技能者(東京マイスター)知事賞受賞。波打つ紋様が美しいガラスペンができた 現代ほど、普通の人が文字をつかう時代はない。仕事の報告書から、プライベートのたわいないやり取りまで、私たちは日々大量の文字をつかう。その一方で、私たちは「書く」という行為自体から縁遠くなってしまった。1つ1つの字に思いを込めて、じっくり文章を書く人はもはや少数派だ。だが、それがゆえにか、昔ながらの筆記具は今でも人の心を惹き付ける。 中でも異彩を放つ筆記具が、ガラスペンだ。名前の通りペン先がガラスになっており、インク壺に浸すと、毛細管現象によってペン先の溝にインクが吸い上げられる。ガラスというと硬くて書きづらそうなイメージがあるが、その他のつけペン(ペン先からインクを吸い上げるタイプのペン)や万年筆と異なり、あらゆる方向にペン先が滑らかに動く。しかも、ペン先には溝が8本あるので、吸い上げるインクの量も多い。一度ペン先にインクをつければ、ハガキ数枚程度なら、余裕で書けてしまうほどだ。手入れも水にさっと浸すだけと手軽である。 明治35年、風鈴職人の佐々木定次郎氏によって考案されたガラスペンは、上記のように数多くの利点を備えていたことから、国内外で人気を博した。50代以上の方なら、木や竹、あるいはセルロイドの軸のガラスペンに見覚えがあるかもしれない。 しかし、1960〜1970年頃から、万年筆はカートリッジ式が主流になりボールペンも普及してきたことで、インク壺は使われなくなり、つけペンの需要も急落していく。ガラスペン職人は工房をたたみ、材料のガラス棒を作るガラス工場も減っていった。 佐瀬工業所(東京・入谷)の2代目・佐瀬勇さんは、こうしたガラスペンの歴史を見てきた。 先代の佐瀬米蔵氏は、ガラスペンの考案者である佐々木定次郎氏の弟子である。佐瀬勇さんは、まだつけペンの需要が高かった1950年代にガラスペンの世界に入り、修行を積んで職人として独立した。しかし、先述したように、業界構造の大きな変化が起こり、ガラスペン職人はほとんどいなくなってしまった。それでも、根強いガラスペン愛好者が残っていたこともあり、佐瀬さんは細々とガラスペンのペン先を作り続けていた。 佐瀬さんの手元には、廃業したガラスペン職人が残した大量のガラス棒があった。ガラスペンの材料となるガラス棒は、8本の溝が刻まれた特殊な形状のため、他の用途に転用がきかない。この材料を使って、何か作れないだろうか? ペン先を作るために、ガラス棒をバーバーナーにあぶられたガラス棒がねじられ、引き延ばされ、1本のペンへと変化していく。職人の繊細な指先から、素晴らしい書き心地のペンが生み出される。書くことの喜びを教えてくれるすべてがガラスでできたペン(左)材料のガラス棒には、8本の溝が刻まれている。(中)ガラスを溶かすには、石油バーナーを使う。(右)ガラス棒をあぶりながらねじることで、不思議な紋様が生まれる。(左)ガラス棒の両端に、均等に力を加えながら回転させて、タイミングを見計らって一気に引き延ばし、ペン先を作る。(右)ペン先が柔らかいうちに、すばやく形を整える。22from Z_Vol.14_2014

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