図研 from Z Vol.14
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from Z ビジネス選書硬骨の経済学者宇沢弘文のヒューマニズム、若々しい精神は学ぶべきことが多い!宇沢は、資本主義でも社会主義でもない、“制度主義”を主張したソ-スティン・ヴェブレンの考え方を踏まえ、“社会的共通資本“を次のように説明する。「社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能とするような自然環境と社会的装置を意味する」「社会的共通資本はたとえ、私有ないしは私的管理が認められているような希少資源から構成されていたとしても、社会資本にとって共通の財産として、社会的な基準にしたがって管理・運営される」自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本に分類される社会的共通資本は、「決して、市場的基準によって支配されてはならないし、また、官僚的基準によって管理されてはならない」と主張する宇沢が、 “TPPを考える国民会議”の代表世話人を務めるのは、政治的活動と言うより宇沢経済学を実践する上での必然、と言えるのだろう。本書には、全編に渡って著者のヒューマニズムが溢れている。技術や生産性、コスト削減を追究することも、もちろん大事だが、モノを使う主体の人間の視点に立って、「ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開する」ためにモノづくりはどうあるべきか、という問いかけも、今だからこそ意義深いものであるように思う。そして、米寿を目の前にした硬骨の経済学者の“道を開くための富”を追究する若々しい精神にも、ぜひあやかりたいと思わずにはいられない。『自動車の社会的費用』や『社会的共通資本』(ともに岩波新書)などの著書で名高い経済学者の宇沢弘文は、学生時代に数学専攻から経済学に移ったきっかけを、「河上肇の『貧乏物語』を読んで、大きな感動を覚えたから」と答える。同書の序文に河上が引用したジョン・ラスキンの有名な言葉“There is no wealth, but life.”(宇沢訳「富を求めるのは道を開くためである」)を経済学の基本姿勢にしていた、と語る。アメリカの大学で教えるようになってから、この言葉を忘れていた宇沢は、「ヴェトナム反戦運動に深く関わって、長いアメリカの大学での生活を打ち切って、日本に帰ってきたとき、ジョン・ラスキンの言葉がふたたび私の心に蘇ってきた。そして、初心に返って、人間の心を大切にする経済学を勉強し直す決意を新たにした」と述懐する。このような“初心”に基づいているので、宇沢の市場原理主義への抵抗は大きく、同じシカゴ大学にいたミルトン・フリードマンにも容赦がない。第一部第一章、2009年1月9日の講演でこう語っている。「64年に私はシカゴに移りました。ちょうど大統領選挙の最中で、ジョンソン(民主党)とゴールドウォーター(共和党)の二人が争っていました。私がシカゴに着いたころ、ゴールドウォーターがヴェトナム戦争に水素爆弾を使えと主張したのですが、ミルトン・フリードマンがゴールドウォーターを弁護してこう言ったのです。ヴェトナムに水素爆弾を落とせば何百万人死ぬかわからない。しかし、それは自由主義を守るために当然だと」宇沢は、新自由主義と市場原理主義とを明確に区分し、「フリードマンがかねがね主張している、貧しい人たちを絞って、できるだけ儲けを多くするという市場原理主義の破綻がこういう形になって、百年に一度という大惨事を招くことになった」と指摘する。河上肇『貧乏物語』を読んで、経済学の道へ「社会的共通資本」の考え方市場原理主義への厳しい批判宇沢経済学から学べること新装版に寄せて―池上 彰第1章 市場原理主義の末路第2章 右傾化する日本への危惧第3章 60年代アメリカ    ―激動する社会と研究者仲間たち第4章 学びの場の再生本書の目次ノーベル賞受賞者ジョーセフ・スティグリッツにも多大な影響を与えた、今年86歳になる経済学者、宇沢弘文の最新刊を取り上げる。本書は、2003年に発行された『経済学と人間の心』を底本とし、2009年と2010年の講演記録が加えられた新装版である。講演内容はもちろんだが、他の内容もヒューマニズムに溢れる著者の主張は、色褪せることはない。モノづくりとは直接関係ないように思われるが、著者の説く「社会的共通資本」の考え方などは、大いに学ぶべき点があるように思う。『経済学は 人びとを幸福にできるか』著者▪宇沢弘文発行所▪東洋経済新報社発行日▪2013年11月7日定価▪1,680円(税込み)体裁・ページ数▪四六版・304ページ21from Z_Vol.14_2014

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