第13回 リチウムイオン電池保護ICってなに?(その2)

※旧リコー電子デバイス株式会社は、2022年1月1日より新社名 日清紡マイクロデバイス株式会社となりました。

皆さんこんにちは、日清紡マイクロデバイスの講師Sです。前回は電池セルが1個(1セル)の場合を例にして、過充電、過放電、過電流を検出すると充電電流や放電電流の経路を遮断するという保護ICの基本的な機能を説明しました。ここでは電池セルが1個の場合の保護ICを1セル保護ICと呼ぶことにします。電池セル1個の電圧では足りない用途には電池セルを直列に接続して使用します。充電器は個別の電池セル毎に充電するのではなく直列接続した電池にまとめて充電することになります。1セル電池の場合には充電器の充電制御ICが過充電未満の充電終止電圧で充電を停止できますが、電池セルが直列につながっている場合には充電器の充電制御回路は個々の電池セルの電圧を直接制御することができません。したがって1セルの場合に比べて保護ICの重要性は高まります。電池セルが複数直列に接続された場合の保護ICを多セル保護ICと呼ぶことにします。このような多セル電池の電池パックに搭載される保護ICには多セル特有の保護機能が必要になってきます。今回はこのような多セル保護ICについて説明したいと思います。また二重保護としてのセカンドプロテクションについても簡単に紹介しておきます。
 


多セル保護IC

図1に多セル保護ICの基本的な構成を示します。基本機能は1セルと同じです。電池パック内のいずれの電池セルについても、過充電、過放電を回避しなければなりません。したがって、多セル保護ICは直列接続したそれぞれの電池セルに対して過充電、過放電を監視するための電圧コンパレータを設けています。図1では過充電検出を表す記号のVD1に各電池セルの番号をサフィックスとして記号に追記しています。

 
※ 記事中の回路図などが非常に細かいため、各画像をクリックし、ポップアップさせてご覧ください。
 
多セル保護ICの内部構成イメージ図

図1.多セル保護ICの内部構成イメージ図

 

いずれかの電池セル電圧が過充電を検出するとCOUT端子が”H”→”L”に遷移して外付けのNch-MOS-FETをOFFさせて充電電流を遮断します。またいずれかの電池セルが過放電を検出するとDOUT端子が”H”→”L”に遷移して外付けのNch-MOS-FETをOFFさせて放電電流を遮断します。
電池セルはスタック接続していますので、充電時や放電時に電池セルに流れる電流はすべて同じ電流値です。充電過電流、放電過電流の検出に関しては1セルとまったく同等の検出をおこなっています。
このように電池セルの個数分に合わせて、過充電検出、過放電検出回路が増加すること以外は多セル保護ICの保護機能は基本的には1セル保護ICと同等ですが、この基本機能以外に多セル特有の保護機能が必要になってきます。
次に多セル保護ICに特有の2つの機能、すなわちセルバランス機能と断線検出機能について説明したいと思います。

 

セルバランス機能

複数の電池セルを直列にスタックする構成の電池パックでは、個々の電池セルの容量やリークなどの特性の個体差”ばらつき”により、各電池セル間で電圧のアンバランスが生じます。
このようなアンバランスのある電池セルがスタックされた電池パックの充電では、電池セル電圧の高い電池セルが先に過充電になり、電池電圧が満充電(充電終止電圧)に到達していない電池があるにもかかわらす充電が停止してしまいます。一方、放電時には、電池セル電圧の低い電池セルは先に過放電電圧に達し、他の電池セルがまだ使用可能な状態であっても電池パックとしては再充電しないと使えない状態になってしまいます。このように電池セル電圧にアンバランスがあると、有効な電池電圧使用範囲が狭まり、電池の実効容量が減少するだけでなく、過充電や過放電という異常状態が頻発してしまいます。これをイメージしたのが図2です。図2-1ではアンバランスのない電池セルについて、また図2-2はアンバランスのある電池セルについて満充電検出と放電停止時の各電池セル電圧と使用可能な電池容量を示しています。この図からスタックされた電池セルにアンバランスがある電池パックでは使用可能な電池容量が減少することがわかります。

 
電池セル電圧アンバランスによる電池容量の減少を表すイメージ図

図2.電池セル電圧アンバランスによる電池容量の減少を表すイメージ図

 

そこで、電池セル間のアンバランスを解消して電池パックの実効的な電池容量の減少を防ぐのがセルバランス機能です。セルバランス機能にはアクティブ方式とパッシブ方式があります。充電時に電池セル電圧が一定の電圧を超えた電池セルに対して、充電電流の一部のバイパスや、電池セルから放電を行うことで、電池パック内の電池セル電圧を均一化するのがパッシブ方式のセルバランス機能です。アクティブ方式のセルバランス機能は電池セル電圧の高い電池セルから低い電池セルに電荷を移動させて電池セル電圧を均一化する方式です。この2つの方式をイメージしたのが、図3-1と図3-2です。

 
アクティブ方式とパッシブ方式のセルバランス機能の動作イメージ

図3.アクティブ方式とパッシブ方式のセルバランス機能の動作イメージ

 

アクティブ方式を実現するには回路が複雑になりコストアップとなるため用途は限定されます。ここではパッシブ方式の回路動作の一例を説明したいと思います。
図4にセルバランスの機能を有する多セル保護ICを搭載した電池パックのイメージ図を示します。この例では電池セルへの充電電流をバイパスするとともに電池セルを放電する抵抗と、保護ICのCB端子出力で制御されるセルバランススイッチとしてMOSトランジスタが電池セルと並列に接続されています。図には記載していませんが、保護IC内には電池セル電圧を監視するコンパレータが搭載されており、CB端子を制御しています。図5は電池セル電圧に差がある2つの電池セルに対するセルバランス動作をタイミングチャートで表しています。
電池パック内の電池セルの中で電圧の高い側の電池セル電圧がセルバランス検出電圧に達するとその電池セルに対応するセルバランススイッチがONし、電池セルへの充電電流がバイパスされ電池セルへの充電電流が減少します。電池セル電圧の上昇速度が抑制されますので、セルバランス検出電圧に到達していない電池セルとの電圧差(アンバランス)が縮小します(図5の左側)。アンバランスが解消されれば充電制御ICによって充電終止電圧まで充電することになりますが、アンバランスの縮小が不十分な場合には電圧の高い電池セルが過充電を検出して充電を停止することになります。充電が停止してもセルバランススイッチは電池セル電圧がセルバランス解除電圧を下回るまでON状態を維持しますので、電池セル電圧はセルバランス解除電圧に収束することになります。(図5右側)

 
セルバランス回路例

図4.セルバランス回路例

 
セルバランス機能の動作タイミングチャート例

図5.セルバランス機能の動作タイミングチャート例

 

断線検出機能

1セルの場合には電池セルと保護IC間が断線すると保護ICには電源電圧が供給されず、外付けのNch-MOS-FETがOFF状態になるため、断線によるリスクはありませんが、電池セルの直列段数が増えてくると断線が発生しても他の電池からの電源供給によってあたかも断線していないかのように動作する可能性があり、電池セル電圧が例えば過充電となっても検出できない恐れがあります。そのため多セル保護ICには断線を検出する機能が必要になります。特にコードレスクリーナーやコードレス電動工具に搭載される電池パックでは、モーターの振動によって電池セルと保護IC間の接続が断線するリスクが大きくなります。そこで断線を検出すると外付けNch-MOS-FETをOFFして充放電電流を遮断するのが断線検出機能です。
ここでは断線を検出する方法の一例を、断線検出回路ブロックを抜粋した図6と、その動作をタイミングチャートで表した図7を使って説明します。保護IC内には直列接続した抵抗とMOSスイッチが各電池セルと並列になるように配置されています。便宜上、電池セルは電圧の高い側から順番にセル1、セル2、セル3、・・・・と番号付けされており、電池セルと並列のNMOSスイッチの番号も電池セルの番号と同じです。NMOSスイッチは図7のタイミングチャートに示すように定期的に、しかも奇数番号のNMOSスイッチと偶数番号のNMOSスイッチが交互にONする動作を繰り返しています。
図6は電池セル3と保護IC間が断線した場合を示しています。この状態で偶数番号のスイッチ2がONすると(このとき奇数番号のスイッチ3はOFF)、抵抗2によってVC3の電位はVC2までプルアップされてしまいます。このときのVC3の電圧上昇を電池セル3の過電圧を検出するコンパレータで検出してCOUT/DOUT出力が”H”→”L”に遷移して充放電電流を遮断します。

 
断線検出回路例

図6.断線検出回路例

 
断線検出動作タイミングチャート例

図7.断線検出動作タイミングチャート例

 

AFE(Analog Front End)タイプの保護IC

1セル保護ICと同様に、多セルでも保護ICが過充電や過放電、過電流を検出して充電や放電電流を遮断する機能を有しており、保護IC単体で電池セルを保護しています。このような保護ICはスタンドアロンタイプの保護方式ICとして分類されます。
一方、保護ICは電池セル電圧や充電電流、放電電流のセンサーの役割のみを行ない、保護ICが測定したデータをマイコンに送信して、マイコンに電流経路の遮断の要否判断を委ねるAFEタイプに分類される保護ICがあります。ここではAFEタイプの保護ICを簡単に紹介しておきます。

AFEタイプの保護ICのブロック構成の一例

図8.AFEタイプの保護ICのブロック構成の一例

 

図8はAFEタイプの保護ICのブロック構成の一例を示しています。ここではブロック図の中でAFEタイプの保護ICがセンサー機能のみを有することを理解していただくために必要な部分の説明にとどめています。
各電池セル電圧をモニターするためのVCn端子間には「Open Det.」で示す断線検出回路や「Balance」で示すバランススイッチは搭載されていますが、図1で示したような電池セルの過充電や過放電を検出するコンパレータは搭載されていません。各電池セル電圧や電流センス抵抗によって電流電圧変換された充放電電流に比例する電圧など、様々な信号からアナログマルチプレクサ「MUX」がマイコンからの指示にしたがって信号を選択します。
選択された信号はAD変換され、「Control Logic」で示されるブロック内のレジスタにデジタルデータとして格納されます。マイコンは「I/F」で示されるブロックのシリアルインターフェイスを介するデータ通信によってそのデータをリードして電流経路を遮断するかどうかを判断することができます。
スタンドアロンタイプの保護ICを搭載した電池パックでは、あらかじめ決められた異常検出による保護動作しかできません。一方AFEタイプの保護ICとマイコンを搭載した電池パックでは、マイコンは電池パック内の個々の電池セル電圧、充電電流、放電電流を必要に応じて都度知ることができるので、例えば電池セル電圧のアンバランス解消に関しても各電池セル電圧をモニターしながらバイパススイッチをON/OFF制御するなど、きめ細かい制御が可能になります。スタンドアロンタイプはコストを優先する安価な用途、AFEタイプは性能を優先する用途向きと言えます。

 

セカンドプロテクション

前回、リチウムイオン電池を使用するうえでは二重、三重の保護が必要との説明をおこないましたが、ノートパソコン搭載のリチウムイオン電池の発火事故もあり、過充電に対する二重の保護の必要性からノートパソコン搭載のリチウムイオン電池パックにはセカンドプロテクション搭載が一般的(必須)となりました。
このセカンドプロテクションの保護方法はSCP(セルフコントロールプロテクタ)と呼ばれるヒューズによって充電経路を不可逆的に遮断する方法です。最近ではノートパソコン用以外に、電動工具向け用途のリチウムイオン電池パックにもこの方式のセカンドプロテクション保護が使われるケースが出てきています。
図9は5セル用のセカンドプロテクションICと電池パック内のSCPヒューズとの接続を示した図です。なお、図ではプライマリ保護ICは省略しています。保護IC内には各電池セルの過充電を検出する電圧コンパレータが搭載されており、いずれかの電池セルが過充電状態になるとCOUTが”L”→”H”に遷移し、それによってSCPヒューズが溶断して電流経路を遮断します。

 
セカンドプロテクションを搭載した電池パックの例

図9.セカンドプロテクションを搭載した電池パックの例

 

なお最近ではスマートフォン用のリチウムイオン電池パック内に過充電、過電流などの異常時にMOS-SWを制御して充電電流を遮断する方式の保護ICを2つ搭載して、一方をプライマリ保護、もう一方をセカンダリ保護として二重に保護するケースも出てきていますが、もともとのセカンダリ保護はノートパソコン搭載のリチウムイオン電池パックに搭載され、過充電を検出するとヒューズによって電流経路を不可逆的に遮断する方式の保護を指していました。

 

おわりに

リチウムイオン電池保護ICについて2回にわたって説明してきました。前回は電池パックに搭載される電池セルが1個(1セル)の場合を例にして、過充電、過放電、過電流を検出すると充電電流や放電電流の経路を遮断するという保護ICの基本的な機能を説明しました。今回は電池セルが直列多段にスタックされた電池セル(多セル)の場合も1セル保護ICと同様に、保護ICが過充電や過放電、過電流を検出して充電や放電電流を遮断する機能を有するスタンドアロンタイプの保護ICを説明し、つづけて電池セル電圧や充電電流、放電電流を電圧に変換してマイコンに送信し、マイコンに判断を委ねるAFEタイプの保護ICについて説明しました。また多セル用の保護ICでは電池セル電圧間のアンバランスによって実効的な電池容量が低下するのを防止するセルバランス機能や電池セルと保護IC間の断線を検出すると充放電を遮断する断線検出機能が必要なことについても触れました。
2回の連載記事を通して、リチウムイオン電池を安全に使用するために、保護ICが大きな役割を担っていることが理解していただけたと思います。
さて、2年以上にわたって連載してきた本講座も次回が最終回となる予定です。次回のテーマは電源供給をON/OFFするために電源ラインに挿入して使用するスイッチIC、またこれまで説明してきた単体のLDO、DC/DCコンバータや電源監視ICを1チップに搭載した複合電源ICについて説明する予定です。

 
最後まで読んでいただきありがとうございました。
 


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講師S (日清紡マイクロデバイス株式会社 設計センター 設計技術部)
入社以来長期に渡り、ゲートアレイ・マイコン・メモリ・電源ICなどアナログ・デジタルの各種設計に携わる。その後、複合電源ICのテスト技術も極める~設計・テスティングとその教育のスペシャリスト。毎年入社してくる技術者の卵に対する、聞き手目線の優しい解説と丁寧な指導は社内でも有名。その実績を買われ、現在はシニアエンジニアとして後進の育成や新規技術の相談役として活躍中。
日清紡マイクロデバイス株式会社について
世界に先駆けて製品化を実現したCMOSアナログ技術をコアとして、携帯機器市場向けには小型・低消費電力の電源ICを、車載・産機市場向けには高耐圧・大電流・高性能を特長とした電源ICを、Liイオンバッテリ市場向けには小型で高精度な保護ICを提供し、お客様製品の付加価値向上に貢献しています。
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