第55回 人生を豊かにするポジティブ感情とネガティブ感情

株式会社RDPi  代表取締役 石橋 良造

ネガティブ感情を優先するという、人が持って生まれたこの性質のことを「ネガティビティ・バイアス」といいます。この言葉が示すように、人間は本来ネガティブ感情を優先するようにできています。つまり、ポジティブ感情を増やすためには努力が必要だということです。今回はポジティブ感情とネガティブ感情の正しい比率についてご説明します。


こんにちは、RDPi 石橋です。

ポジティブ感情とネガティブ感情については以前にも取り上げましたが、アップデートがありますので改めて解説したいと思います。

 

豊かな人生を導くポジティブ感情

ポジティブ感情

図164 ポジティブ感情

人は感情の生きものであり、感情は気分がよいと感じるポジティブ感情とそうでないネガティブ感情のどちらかに分類することができます。そして、「1日笑顔で過ごしましょうね」「笑う門には福来たる」などといわれているように、人はポジティブ感情で過ごすことが大切だということを知っています。自分のことを振り返っても、気分良く過ごせるときはモチベーションやパフォーマンスが高いことがわかりますよね。

様々な調査や研究により、ポジティブ感情とは図164に示す感情のことで、意力、認識力、行動力を強化するのはもちろん、寿命や年収を増やす効果があることがわかっています。さらに、日常生活において、ネガティブ感情よりもポジティブ感情が多い人ほど充実した人生を送る確率が高いこともわかっています。

ただ、ポジティブ感情が多いというのはどのような状態なのかわかりづらいですし、ネガティブ感情を否定してポジティブ感情ばかりになれば良いというものでもありません。以下で解説したいと思います。

 

ネガティビティ・バイアス

自分が今、ポジティブ感情なのかネガティブ感情なのかは知ることは難しくないと思いますが、感情によっては、それがポジティブなのかネガティブなのかわからないことがあるかもしれません。いくつか例を挙げておきますので参考にしてください。

 

ポジティブ感情とネガティブ感情

図165 ポジティブ感情とネガティブ感情

冒頭で述べたように、ポジティブ感情が多いことがよいことはわかっているわけですが、いろいろな出来事や人間関係、昔の記憶などがきっかけとなってネガティブ感情になってしまうことは少なくありません。「急に割り込んできてどういうつもり?」「また文句なんだ」「あの時のように失敗するかも・・・」というような感情になるのは日常茶飯事ではないでしょうか。

しかも、ネガティブ感情になっているときには、そんな自分の状態に気づかないこともしばしばです。「何だか機嫌悪そう」「いつもしかめっ面してる」「あんな言い方はないよね」というような人は周りにいませんか? もしかしたら、その人は自分がネガティブ感情になっていることをわかっていないかもしれません。

このように、ネガティブ感情になりやすいというのは、人は、というよりも動物はすべてと言ってもいいと思いますが、ネガティブ感情を優先するようにできているからです。この仕組みは、人が狩猟時代に身につけたもので、危険を認識しその危険に対処するために必要な行動を引き起こすためのものなのです。

狩猟時代は少しのことが生命の危険に結びついていました。たとえば突然クマに出会ったとき、恐怖というネガティブ感情が生じることでアドレナリンの分泌が増え、それにより心拍数の増加、血圧の上昇を促すことで身体能力を高め、クマと戦うにしろ逃げるにしろ素早い行動を起こすことができる状態を作ったのです。自分の命を守るためにネガティブ感情を優先させるメカニズムは必要不可欠でした。

このメカニズムは DNA レベルで組み込まれており、狩猟生活を送っていない安全な生活環境となった現代でも、人はネガティブ感情が優先する生きもののままです。さらに、ネガティブ感情には、より強く、より長持ちし、より記憶に残るという性質があります。

ネガティブ感情を優先するという、人が持って生まれたこの性質のことを「ネガティビティ・バイアス」といいます。ネガティビティ・バイアスがあるということは、感情に流されるままではネガティブ感情の強い力から逃れることができず、ポジティブ感情を増やすためには努力が必要だということを意味します。自分も含めて人にはネガティビティ・バイアスがあるということを覚えておくだけでもネガティブ感情を抑える効果はありますが、ネガティブ感情が生じたときには、意識してポジティブ感情に切り替える努力をしましょう。

 

ポジティブ・シンキングの問題点

ネガティブ感情を抑えポジティブ感情を多くするために、ポジティブ思考やポジティブ・シンキングを身につけるという人もいると思います。それは悪いことではないのですが、ネガティブな思考や感情を完全に否定しがちな点には注意が必要です。ネガティブ感情の完全否定はポジティブ感情の効果を消してしまうからです。

ポジティブ感情とネガティブ感情は対立するものではありません。豊かな人生を送るためにはポジティブ感情が多いことが大切ですが、ネガティブ感情も必要なのです。

ネガティビティ・バイアスでも触れたように、出来事によっては悲しみ、苦しみ、不安などのネガティブ感情を持つのは人にとって当たり前のことですし、本当の緊急事態に直面したときには、ネガティブ感情が作る身体能力の高い状態でコトにあたる必要があります。そして、ポジティブ感情ばかりの状態は過度な楽観を生じさせ、何に対しても甘い判断となる危険があります。ひどい場合には幻想、妄想の世界に浸ってしまうこともあります。ネガティブ感情は、このようなことになる前に現実の世界に引き戻してくれる働きがあります。人には、ポジティブ感情とネガティブ感情の両方が必要なのです。ネガティブ感情を全否定しないように注意してください。

 

正しいポジティビティ比率

どちらも大切なポジティブ感情とネガティブ感情ですが、具体的にどのような状態になれば豊かな人生につながるのでしょうか?

ネガティブ感情に対するポジティブ感情の比率をポジティビティ比率というのですが、具体的なポジティビティ比率の指針を出したのが心理学者マルシャル・ロサダです。彼は、実験により豊かな人生を送るためにはポジティビティ比率が3以上になる必要があると結論づけました。この「ポジティブ感情:ネガティブ感情 = 3:1」(ポジティビティ比率 = 3)はロサダラインとよばれており、心理学者のフレドリクソンが書いた「ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則」(高橋由紀子訳、日本実業出版社、2010年)でも紹介されているので、知っている人も多いのではないでしょうか。

ところが最近、ロサダは計算を途中で間違っていたことがわかりました。正しい計算結果は1です。

ポジティブ感情:ネガティブ感情 =1:1 (ポジティビティ比率 = 1)

豊かな人生を送るためには、日常生活においてポジティブ感情を多くすることが大切ですが、具体的には、ポジティブ感情がネガティブ感情よりも多くなるように日々を過ごせば良いということです。ポジティブ感情をネガティブ感情の3倍以上にするよりはハードルが低くなりましたね。ネガティビティ・バイアスに負けないで、ポジティブ感情でいる時間がネガティブ感情でいる時間よりも多く(長く)なるように意識しましょう。でも、やり過ぎてネガティブ感情をゼロにはしないように気をつけてください。

 

ポジティビティ比率の計測

豊かな人生を手に入れるためには、ポジティビティ比率を1以上にすることが大切なわけですが、そのためには自分のポジティビティ比率の傾向を知る必要があります。ポジティビティ比率を自分で把握するのは簡単ではないので、心理学者のフレドリクソンの理論をもとに、ポジティビティ比率を計測する簡単なツールを作ってみました。図166 のように、計測を続けることで最大で 10 日分のポジティビティ比率がグラフ表示されるというものです。

1日の感情調査    http://bit.ly/rdpipositive

1日の感情調査

図166 1日の感情調査

このツールは、1日の出来事や状態を振り返って、そのときの感情(気持ち)がポジティブ(+)だったのかネガティブ(ー)だったのか、その感情の強さの程度を4段階で入力するというものです。入力したポジティブ感情とネガティブ感情それぞれの合計値から、ポジティビティ比率を算出することを基本としています。自分の感情の傾向を知るにはある程度の期間のデータが必要なので、最長で10日分のデータをグラフで受け取るのは自分を知る良い機会になると思います。

グラフも簡易的なものですが、ポジティビティ比率が1以上になるように過ごせているのか、ポジティビティ比率があまり変化しない安定した日々を送っているのか、それとも、感情の起伏が激しい日々なのかなど、いろいろな気づきがあると思います。また、その日の出来事などをコメント欄に記入しておくことができるので、ポジティビティ比率が1よりも低くなったときの理由を振り返ることも可能だと思います。ここに入力していただくメールアドレスは、このグラフを自動送信するだけのものですのでご安心ください。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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●執筆者プロフィール  石橋 良造

日本ヒューレット・パッカード (HP) に入社し、R&D 部門で半導体計測システムの開発に従事した後、設計・製造改革プロジェクトに参加。ここで、HP 全社を巻き込んだ PLM システムの開発や、石川賞を受賞した製品開発の仕組み作りを行い、その経験をもとに 80 社以上に対して開発プロセス革新やプロジェクト管理のコンサルティングを実施。

コンサルティングを続ける中で、より良い改革のためには個人の意識改革も合わせて実施する必要があるとの思いが強くなり、独立して株式会社 RDPi を設立した後、北京オリンピックで石井慧を金メダルに導いた(株) チームフローのコーチ養成コース、および、一般社団法人 日本ポジティブ心理学協会の公式プラクティショナー・コースを修了し、個人のやる気を引き出す技術の開発と、開発プロセスやプロジェクト管理の仕組み改革とを融合した改善活動を続けている。

●株式会社 RDPi :http://www.rdpi.jp/

●メトリクス管理ウェブ : http://www.metrics.jp/

●Email :  ishibashi@rdpi.jp

●ブログ : http://ameblo.jp/iryozo/entrylist.html

●facebook : やる気の技術  仕組みと意識を変える RDPi

※石橋氏の過去記事一覧はコチラ

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