Club-Zコラム第32回

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更新日 2016-01-20 | 作成日 2007-12-03

コラム


同時にやるシクミづくりとヒトづくり。
やっと気づいた改革の本質

【第32回】何人ものリーダーを育てる製品開発

株式会社RDPi  代表取締役 石橋 良造

2013.12.19


前回は製品群(ラインナップ)を一括して開発する方法について紹介しましたが、今回は、テーマを技術者育成に戻したいと思います。

製造装置を開発しているあるメーカーで、約1年半の間、製品開発マネジメントの改善と合わせて、リーダーを育てる取り組みを実施しました。取り組みをはじめた当時は、リリースする製品を大幅に増やす組織方針にもかかわらず、プロジェクトを推進するリーダーが3人しかいないという状況で、リーダーを増やすことが重要な課題となっていました。それが、この取り組みにより技術者が目を見張るように成長し、8人に増えました。今回は、この取り組みを紹介したいと思います。


経営層と開発現場のすれ違い

最近、開発現場を任されているシニアマネジャーからよく聞くのが、開発の仕組みづくりや改善を進めても、肝心の技術者が変わらないという不満です。

  • 「技術者たちは口を開けて指示をまっているだけ」
  • 「他社ではできるのにウチではできないのは技術者に能力がないからか」
  • 「日本の技術者よりアジアの方が技術力も意欲も高い」

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図72 経営層の不満



一方、技術者たちからは、成長につながらない仕事ばかりで、今後に希望を持てないという声をよく聞きます。

  • 「とにかく納期順守で仕事を通じて成長できるとは思えない」
  • 「失敗できないので経験を積んでいる気がしない」
  • 「割り込みや雑用ばかりで集中して設計に取り組めない」

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図73 技術者の不満


この製造装置メーカーも同じ状況で、ビジネスを拡大させたい役員や事業部長は、「いつまでも2〜3人のリーダーだけが前面に出て、あとの技術者は何をやっているのかわからない」「指示待ちばかりで成長しているとは思えない」と、現場の技術者が成長しないことを嘆いていました。

しかし現場の技術者たちは、明らかに無理のある納期を守るために、残業につぐ残業で生活リズムは乱れ、身体的にも精神的にも疲労困憊で、ポカミスやトラブル対応でバタバタしてその対応にさらに残業をするという、過酷な状況が続いていたのでした。


ネガティブ感情を生むプロジェクト

このメーカーでは、技術者の多くにとってプロジェクトを終えて残っている思いは、マネジャーやリーダー、メンバーに対する不満や不信感でした。

  • 「口にするのはスケジュールを守れということばかり」
  • 「相談しても何も解決してくれない」
  • 「問題を指摘したら解決を任されてしまい仕事が増えるだけ」

これらは、プロジェクトメンバーのリーダーに対する不満です。そして、マネジャーやリーダーも同じで、それぞれの上司やまたメンバーに対する不満やいらだちが募るばかりでした。

  • 「計画や見積を作らせても守れないばかりであてにならない」
  • 「単純ミスによる手戻りばかりで調整が大変」
  • 「指示しないと動いてくれない」

メンバーの不満は、リーダーやマネジャーだけでなく同じメンバーにも向けられていました。

  • 「他人の尻拭いはもう懲り懲り」
  • 「良かれと思って忠告したのに無視されるばかり」
  • 「いつもレビューは長時間でグッタリ」

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図74 ネガティブ感情のプロジェクト



プロジェクトが終わったときに感想を聞いても、仕事に専念できない、実力を発揮できないというもどかしさや不満というネガティブなものばかりで、リーダーやメンバーに対しても、もう一緒に仕事したくないといっている人も少なくありませんでした。悲しいですね。

ここまでひどい状況ではなくても、開発期間短縮、コスト削減などの要求が厳しくなる一方の開発現場では、ここに近い状況となっているのではないでしょうか。当時、役員は技術者の意識が低いことが問題だと言っていたのですが、人の問題ではなく、環境の問題だといえるでしょう。


過酷な環境下で会社を辞める技術者

このような状況下でどのような取り組みをしたのか、ひとりの技術者にフォーカスして話を続けたいと思います。

リーダーとして活躍してほしいのだけれども、なかなかリーダーを任せることができないという評価だった、入社5年目の小森さんです。当時、倒れる人や会社を辞める人が続いており、彼も会社を辞めようと考えていました。

小森さんは責任感が強く、与えられた仕事はきっちりと終わらせていて、彼の上司やその上のマネジャーは彼をプロジェクトリーダーにしたいと期待していたのですが、個別に面談すると考え方が後ろ向きで、いまいち任せるわけにはいかないという判断になっていました。私も彼と話をしたのですが、彼の口から出てくるのは次のようなことばかりでした。

  • 「人に頼むよりは自分でやった方がずっと早い」
  • 「開発を進めるには自分が頑張るしかない」
  • 「会社も上司も同僚も、誰も助けてくれない」
  • 「誰よりも仕事しているのに評価してくれない」
  • 「2年以上も改良や設計変更とかばかりやっている」
  • 「育ててくれる人も仕組みもない」
  • 「先輩2人は会社を辞めて、同僚の1人は倒れた」
  • 「自分ももう限界で辞めたいと思ってる」

最初は、期待されているのに会社や上司への不満ばかりで残念だなと思ったのですが、よくよく話を聞くと、コロコロ変わる指示や突如発生するトラブルにも対応し、納期順守のために深夜や休日まで残業して、何とか顧客に迷惑をかけることは避けようとがんばっていて、彼自身の問題というよりも、彼が置かれている環境に問題があることがわかってきました。


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図75 グループメンバーの残業時間



このグラフは、彼が所属しているグループの技術者全員 32 人の1年間の残業時間です。月別に色分けしてあります。このグラフを見ると、1年間の累積残業時間が 600 時間以上になるメンバーが、32 人のうち 11 人もいることがわかります。600 時間というのは、毎月 50 時間もの残業を1年間続けるというかなり問題のある状況といっていいでしょう。小森さんは、このグループの中でも2番めに多い残業時間であり年間 900 時間近くにもなっていました。毎月 70 〜 80 時間の残業をしていたということです。このような状況で前向きな気持ちになることを期待するのは無理です。


開発を通じて技術者を育てる取り組み

入社5年目くらいのリーダーになることを期待されている技術者は、ほとんどが小森さんのような状態で、開発組織全体も図74のような状態だったため、事業部長はこのままでは破綻するという強い危機感を持っていました。

そのため、プロジェクトマネジメントの仕組みなどの改善と並行して、リーダーを増やすための活動にも取り組むことになりました。開発業務を通じて技術者が成長を実感できるようになることが狙いです。

取り組みのポイントとなったのは、従来から実施していた、各人のキャリプラン作成、傾聴などのトレーニング、座談会などといった開発プロジェクトとは別の活動ではなく、開発プロジェクトそのものが技術者一人ひとりの成長につながるような場にするということです。調査や議論を重ねて、プロジェクトの進め方を次の3つの考え方を取り入れたものにしようということになりました。これまでに紹介している、成長を加速する「経験学習」、自律性を育てる「エンゲージメント」、創造性を生む「チーム志向」という3つです。


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図76 技術者を育てるための3つの考え方 ※画像をクリックすると拡大表示します



この3つの考え方による取り組みで技術者がどう変わったのか、その後の小森さんを例に紹介しましょう。