コラム
同時にやるシクミづくりとヒトづくり。
やっと気づいた改革の本質
【第25回】開発の仕組みが引き起こす技術力低下
株式会社RDPi 代表取締役 石橋 良造
2013.03.21
寒かった冬も終わり春がやってきました。4月から新年度というところが多いと思います。新しいことがはじまる春を気分よく迎えたいですね。
前回はポジティビティな過ごし方をするためには、脳の認知機能の仕組みを知って、「意味づけ」している自分に気づくことが大切だということをお伝えしました。感情は「情動伝染」で無意識的にも他人に伝わるので、ポジティビティな状態になることはとても大切なことでしたね。
さて、今回はポジティブ感情にするための方法がテーマの予定だったのですが、いくつかのメーカーの方々と話をして、どうしても気になることができたので、そのことをお伝えしたいと思います。
その気になることというのは、今回のタイトルにも書いていますが、技術力低下ということです。年始のご挨拶もかねていろいろな方とお話をしたのですが、そんな中で共通していたのが日本の技術力に対する危機感でした。
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厳しい競争にさらされている製品開発現場のマネジャーや技術者は、これまでずっと、様々な課題を解決して、開発期間短縮、コスト削減、品質最優先という要求に答える製品を作ってきました。競争力が落ちたといわれてても、製品の仕上がりや現場の技術者に触れると、日本は優秀だなと思うことが多かったですし、現場のマネジャーやリーダーと話をしても、技術者の力を信じている様子がうかがえました。
しかし、今回印象的だったのが、事業や開発全体を見ているシニアマネジャーに、日本での開発や日本の技術者に対する強い危機感を持っている人が何人もいたことです。
図52 シニアマネジャーの声
別々の会社のシニアマネジャーが口々に現場の技術力低下を嘆き、半ばあきらめている方もいることにショックを受けました。
言い方はいろいろありますが、今は、製造技術や品質、高機能性などを追求することが競争力の源泉となっていた時代から、価値創造や短納期化などにつながる革新性や変化対応性などが重視される時代になっているということが言えると思います。そして、この時代の技術者に求められているのは、自律性・自立性、創意工夫、挑戦意欲、変化対応力などだと言えるでしょう。このような意識、スキルが足りないということが、技術力が落ちていると多くのシニアマネジャーが考えている理由だということもわかりました。
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一方、多くの現場のマネジャーやリーダーとも話をしたのですが、そこで感じたのは、これまでの製品開発の仕組みが、今必要とされている技術者像とは違う技術者を作ってきた側面があるということです。
開発プロセスやプロジェクト管理の強化は目的意識、創意工夫の欠如を生み、成果主義や役割定義の推進は個人主義や事なかれ主義を増加させ、専門性や効率性への対応重視はタコツボ化、失敗を許容しない文化を加速させた。多くの開発現場でこのような話を聞きました。
図53 開発の仕組みの負の側面
開発プロセス管理、品質管理、プロジェクト管理などの開発の仕組みが、自律性や創意工夫とは違う意識やスキルの技術者を作ってきたということが言えるように思います。
もちろん、言い切ってしまうほど単純なことではないと思いますが、仕組みを作る責任者であるシニアマネジャーが今の技術者を育ててきたと言えるのではないでしょうか。
これからの製造業、これからの日本に必要なのが、自律性・自立性、創意工夫、挑戦意欲、変化対応力を持つ技術者を育てることだというのは間違いないことのはず。技術者こそが日本の技術力を支える強みであり、持続的な競争力のある製品開発を続けるための基本だと思います。
そのために必要なのは、組織レベルの仕組みだけでなく、技術者個人の意識を変えることを重視した仕組みだと考えます。技術者個人の成長にフォーカスしたボトムアップの仕組みづくりです。
さらに、今や同じ製品を開発していながらも、ブロックやユニットによって開発の特徴ややり方は大きく異なってきています。技術要素はもちろんのこと、部品・部材のサプライヤーの特徴や動向、アウトソーシングの必要性やその実施方法、完成度評価の観点やその判断方法、そして、担当する技術者の育成方法など大きく違っており、同じプロセス、同じ基準で開発を進めることは困難です。
たとえば、スマートフォンの開発現場では、カメラモジュールは、海外の中小企業を中心に協業できるサプライヤーを見つけ、設計段階から協業することが重要になるでしょうし、Wi-Fi モジュールであれば、Wi-Fi Alliance や 3GPP などの団体の動向調査や、大手デバイスメーカーとの契約やコミュニケーション方法が重要になるでしょう。
このように開発現場の多様性は高くなっており、トップダウンの統一的な仕組みでは対応が困難になっていく一方なのです。したがって、開発現場のチームの特性や事情に合わせたある意味個別の仕組みが必要になっていると考えています。必要なのはボトムアップ的な取り組みです。
図54 重視するのはボトムアップの仕組み
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技術者の自律性・自立性、創意工夫、挑戦意欲、変化対応力などを向上させ、多様性が高くなる開発現場に対応した開発の仕組みは、次の3つを基本としたものだと考えています。体制、プロセス、スキルという観点で、今後取り組んでいくべき仕組みです。
- チーム体制
- 経験学習プロセス
- エンゲージメント
チームとは、具体的な目標達成のために、少人数で助け合い、補い合う、上下関係のない体制です。それぞれが専門技術にもとづいた業務分担になっているグループ主体の体制ではなく、チームはお互いを信頼し、協力することで、高い目標を設定し、様々な困難を乗り越えることができると信じている集団です。自律性や創造性などを高めるために必須の体制だと考えています。
経験学習プロセスとは、「リフレクション」とよばれる自分の考えや行動を深く顧みる工程があることが特徴で、それにより高い学習効果を上げることができるという考え方です。PDCA サイクルにリフレクションという内省ステップが加わっていると考えるとわかりやすいかもしれません。普段の業務を通じて、個人が成長するために最適な仕組みだと考えています。
エンゲージメントとは、個人と組織とが一体にあり、双方が成長することに貢献し合うことを意味しています。エンゲージメントを高めるために必要なのは、組織の成功に貢献しようという個人のモチベーションであり、モチベーションを生み出す個人の価値観と組織の価値観との擦り合わせです。リーダーはもちろん、一人ひとりがそのために必要なスキルを身につけることが重要だと考えています。
体制、プロセス、スキルという観点でこの3つを考慮した仕組みを構築することで、高い自律性や創意工夫、挑戦意欲などを備えた技術者を育てることになり、さらには、持続的に高い技術力を持つ組織になると信じています。
この3つについての解説は長くなるので、次回以降に機会を作って紹介したいと思います。ただ、この連載のテーマである組織の仕組みだけでなく、個人の意識にフォーカスして改革を進めるということと一致しています。とくに、エンゲージメントは個人のモチベーションが基本ですから、これまで紹介してきたことはそのまま活用できます。
今回も、最後までおつき合いいただきありがとうございました。
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●執筆者プロフィール 石橋 良造
日本ヒューレット・パッカード (HP) に入社し、R&D 部門で半導体計測システムの開発に従事した後、開発プロセス改革プロジェクトに参加。ここで、HP 全社を巻き込んだ PLM システムの開発や、石川賞を受賞した製品開発の仕組み作りを行い、その経験をもとに 80 社以上に対して開発プロセス革新やプロジェクト管理のコンサルティングを実施。独立して株式会社 RDPi を設立した後は、より良い改革のためには個人の意識改革も必要、と、北京オリンピックで石井慧を金メダルに導いたピークパフォーマンスのコーチ養成コースを修了し、個人のやる気やモチベーションを引き出す技術の開発と、開発プロセスやプロジェクト管理の仕組み改革との融合を続けています。
●株式会社 RDPi :http://www.rdpi.jp/
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