Club-Zコラム第3回

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更新日 2016-01-20 | 作成日 2007-12-03

コラム


同時にやるシクミづくりとヒトづくり。
やっと気づいた改革の本質

【第3回】幸せについて考えてみた

株式会社RDPi  代表取締役 石橋 良造


2010.10.28

■チリ鉱山事故

チリ鉱山事故は 33 人全員が無事に救出されて本当に良かったですね。熱意、協力、技術など、いろいろな大切なものを再認識しました。その中でも、ルイス・ウルスアさんのリーダーシップが話題になっています。このコラムを書いている時点では、ほとんどの人が入院中なので詳しいことはわかっていませんが、彼の存在が全員救出の原因のひとつだというのは間違いないでしょう。

33 人は2ヶ月以上もの間、極限の状況で共同体としての生活を強いられていました。そんな状況では、「どうせ助からない」「もう自分には何もできない」「他人なんて関係ない」「人のいうことなんか聞いてられない」という、とても不幸な状態に陥ってしまい、精神的におかしくなっても不思議ではなかったはずです。リーダーのルイス・ウルスアさんは、このような不幸な状況でも、少しでも幸せを感じる度合いを上げることはできないかを真剣に考え、実行したのだと思います。

このコラムでは、開発現場の一人ひとりにフォーカスを当て、やる気を引き出すことについて考えていくのですが、今回は、このチリ鉱山事故で考えさせられた、やる気のもととなる幸せとは何か、幸せと感じるのはどういう状態なのかについて紹介したいと思います。


■アドラー心理学

幸せについては様々な人が、そして様々な学問で説明や定義がされていますが、ここではアドラー心理学を紹介したいと思います。他者と自分との関係に注目した今日的な思想に基づいた考え方で、理論的ではなく実践的なものと評価されています。

アドラー心理学とは、「個人心理学(Individual Psychology)」の通称で、創始者はユダヤ系オーストリア人のアルフレッド・アドラー(1870~1937)です。日本での知名度は低いですが、ユングやフロイトと並ぶほど心理学に影響を与えた人といわれています。今日のように対人関係が重要となっている、あるいは、課題となっている時代にはとても有効な考え方だと思います。

アドラー心理学の理論的な特徴として次のようなものがあります。

全体論
人間(個人)を分割できない全体としてとらえ、意識や無意識の葛藤は表面上のものに過ぎない、実はアクセルやブレーキとして働いているだけで、全体としては統一されていると考えます。

目的論
人間は目的的な存在であって、人間の行動の目的を探ることによってその人間を理解できると考えます。

認知論
人間は純粋客観的な事実を知ることは不可能であり、自己の固有な認知システムを通した主観的認知しか知り得ない。だから、その人間の主観的認知がどのようなものであるかを知ることが重要だと考えます。

対人関係論
人間は社会的な存在であって、個人と周囲の人間の関係にこそ「心の問題」は存在すると考えます。

そして、次のような基本的な考え方があります。これが、人の幸せについての本質的な主張です。

人間には「共同体感覚」という、周囲の人や社会と協力していこうという感覚のコアがあり、それを発達させて周囲と協力して、貢献感を感じていくことで人間はより幸福に生きていくことができる。

共同体感覚を発達させて、「自分が好きで」「他人も信頼できて」「社会に貢献できる」と人は幸せになれる。

アドラー心理学では、人の幸せは次のように3つの要素からなると定義しています。幸せに感じるのは、3つの要素すべてが満たされている状態ということになります。ただし、満たされるといっても程度がありますから、満たされていないとがっかりしないでくださいね。

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では、一つひとつについて詳しく見てみましょう。


■自己肯定(自分が好き)

自己肯定感が高いこと。自己肯定感とは、自己に対して前向きで、好ましく思うような態度や感情のこと(※田中道弘氏による。脚注文献参照)です。簡単に言うと、自分が好きと言えることですね。大企業に勤めているとか、高収入だからといって自己肯定感が高いとは限りません。地位や肩書きが高くても「自分なんて・・・」と思っていて、それがバネとなってがんばっているという人もいます。周りから見るとうらやましい限りなのですが、本人は幸せだとは感じていないのです。

自己肯定感が低い人は、自己評価が不安定だったり極端に低かったりするのですが、その原因は、現実的ではない、過度の自分と他者へのこだわりにあると考えられます。まず、自分の短所や問題点ばかりを気にする「自己へのこだわり」は自己評価を低くします。また、自分と他人の特徴・属性の比較ばかりを気にする「他者へのこだわり」も自己評価を低くしてしまいます。自分と他人のどちらが優れているか、自分が周りからどれくらい認められているのか、といった価値判断にこだわりすぎると、失敗したら他人から評価されなくなるという強迫観念に苦しめられ、幸せではない状態を過ごすことになります。

自己肯定感は、自己評価の判断基準がどこにあるのかが大きく関係しています。自己評価の判断基準には、「変更可能(コントロール可能)な基準」と「変更困難(コントロール困難)な基準」とがありますが、自己評価を高めるには、変更可能な基準に着目して、自分の長所をできるところから伸ばしていくことが大切です。

一方、他者の感情的評価や主観的意見、生まれながらの外見的特徴、並外れた身体能力、大富豪やセレブなど経済的・社会的な破格な成功などは変更困難な基準です。これらの変更困難な基準を適用してしまうと、通常は、自分は劣っているという評価になります。自分の努力や行動では変えられない要素にこだわって落ち込んでしまい、他人にバカにされているに違いない、こんな自分が他人から認められるはずがないと、自分の評価を下げてしまうのです。非現実的な高い目標を持っている場合も同じです。「すべての人に好かれよう」「決して失敗しないようにしよう」「あらゆる点で優れた人間でいよう」というような、とても実現できない不合理な高い目標を持ち、それを達成できない自分を「私はダメな人間だ」と責めてしまうのです。

では、自己肯定感はどうやって高めると良いのでしょうか。簡単なことではありませんが、たとえば、次のようなことを心がけると良いと言われています。

  • 自分に対する要求水準をしっかりと下げる
  • 我慢することをやめる(我慢しようとするクセをなくす)
  • 短所を直そうとしない
  • 好きなこと、やりたいことをやってみる
  • 人から褒められること、認められることを期待しない
  • 他人も自分も責めない(許す)
  • 人を褒める
  • 人に感謝の言葉を伝える
  • 笑顔で人に接する

ただし、忘れないでください。そもそも、短所といっても見方や使い方で長所になるものです。「気が小さくて臆病だ」というのは「慎重で軽率な行動をしない」ということです。アドラーも「何が与えられているかが問題ではなく、与えられているものをどう使っているかが問題だ」といってます。性格も、どんな性格なのかが問題なのではなく、持っている性格をどのように使うのかが非常に重要なのです。



田中道弘(2008).自己と社会性:自尊感情における社会性、自尊感情形成に際しての基準
 下斗米淳(編)シリーズ自己心理学 第6巻 社会心理学へのアプローチ 金子書房
 pp.27-45.

田中道弘(2011).自己をめぐる感情 4章 自己肯定感 
 榎本博明(編)自己心理学の最先端: 自己の構造と機能を科学する あいり出版
 pp.129-140