基板と熱設計

印刷用表示 | テキストサイズ 小 | 中 | 大 |


clubZ_info_renewal.jpg

| HOME | 熱設計 | 19 | P1 |

更新日 2016-01-20 | 作成日 2007-12-03


☑基板と熱設計

19. 設計の楽しみ方

株式会社ジィーサス

2012.09.27

こんにちは、株式会社ジィーサスの藤田です。
この連載を19回も続けさせていただきましたが、今回が最終回です。19回という中途半端な回数で終わりますが、私なりに考えた「モノづくりのための意識」としての熱のお話はできたかな?と思っております。最終回の今回は、私が熱設計技術と付き合ってきた経験から、今後のモノづくりを支えていく若い技術者の方に伝えたいことを、勝手に書いていきたいと思います。

この連載を読んでくれている人はたぶん製品設計に従事している方だと思うのですが、あなたはなぜ製品設計者になったのでしょうか?

偉そうに質問していますが、実は私は「なんとなく」設計者になってしまいました。もちろん大学は理系で、趣味もラジコンなど「モノづくり」が主体だったので、漠然と理系方向を向いていましたが、最初からメーカに入ろうとは思っていませんでした。ではなんでメーカに就職したかというと、高校へ通う通学路のとある駅前に、あるメーカの大きな看板が出ていて、大学で求人情報を見ているときにたまたまそのメーカの募集が目に留まり、軽い気持ちで応募したら書類選考をパスしてしまったからでした。たぶん今の就職活動とは大違いだと思いますが、私の場合はそんな経緯です。したがって入社した時点で自分が製品設計に従事するとは思ってもいませんでした。

それではなぜ今でも設計技術の仕事をしているかというと、面白いからです。今は熱設計関係の仕事ですが、特に困難な仕事ほど「先が見えない楽しさ」みたいなものがあり、休みなしにハマってしまうことがよくあります。

でも、社会人になってからずっと面白かったわけではありません。入社して設計部門に配属され、設計方法やルールを教えてもらって図面を描き、工場の技術者に怒られながらも自分が紙に描いた部品が出来てくる頃は楽しいのですが、次第にQCD(品質・コスト・納期)のような注文が多くなってくると、楽しみは苦しみに変わっていきます。私の若い頃はどちらかというとセミオーダー的な製品設計が多く、回路は同じでも形が毎回変わるため、常に図面を描いていました。しかし、設計というものは手を動かせば描けるものではなく、それこそQCDを作りこむということをしないと、失敗の連続で泥沼にはまります。当時は量産品設計がほとんどありませんでしたが、それでも失敗すると数十~数百台の製品を自分で「改修」することもありました。当然工場の品質部門からはメチャクチャ怒られます。怒られないようにするには失敗しないように原因分析して、次からは正しい設計をすればいいのですが、設計部門の上司からは「設計の出来は8割でいいから効率を上げろ!」と言われ、八方ふさがりの状態で逃げ出すことを考えたこともありました。それでも逃げ出さなかったのは設計や技術追及が面白かったことと、その面白さを共有・理解しあえる仲間がいたからだと思います。

そのような経験の後に、今度は量よりも質で勝負しなければならない製品開発に参画するようになり、図面を描く時間より計算や実験の時間が長くなっていきました。このときは当時のかなり先端技術を扱っていたので、技術追及の面白さだけではなく、同業他社との技術勝負のようなゲーム性を持った仕事だったため、かなりハマりました。その代りに量産品だったため、失敗は絶対に許されなくなっていました。このため製品を成立させる技術だけでなく、失敗しないための技術(品質・信頼性・安全性)にも深くかかわるようになります。当時はこんなことを夢中でやっていたためあまり意識しませんでしたが、いま思えばこの時に私は製品設計が要素技術のシステム設計であることを体得したのだと思います。

技術開発って2種類あると思うんですよね。一つは純粋な技術開発で、たとえば熱関連なら熱伝導性の高い絶縁材料を開発するとか、技術レベルを目的にした開発です。もう一つは製品開発のための技術開発で、これは技術の組み合わせ問題のようなものです。私はよくセミナー等で「製品開発は技術的に最高を目指すのではなく、複数技術の最適化を狙うもの」という話をしますが、これは後者の技術開発の話です。なんか「最高」と「最適」だと、「最高」のほうがよさそうですよね? 会社のキャリアカウンセリングとかでも「スペシャリスト」と「ゼネラリスト」というと、「スペシャリストを目指しなさい!」とか言われませんか? それはそれで重要なことなのですが、特にメーカのように「製品を提供して世の中に貢献する」という目的を持った会社の場合、具体的な目的は「世の中に貢献できる製品の具現化」となるので、単一技術を極めることは過程の一部でしかないのです。

大きなメーカだと研究部門があると思いますが、ここでの研究が正にそうで、製品を実現するために必要な研究を行う必要があり、もっと言えば製品設計者にその内容をトランスファーして初めて仕事が終わるのだと思います。そして製品設計者はそういった個々の技術を集めて、世の中に貢献できる製品としてまとめ上げる必要があるのです。だから私は研究開発より製品設計のほうがやりがいはあると思うし、スペシャリストよりゼネラリストのほうがカッコイイと思うのですが、どうですか?

現実は、でも違うようです。製品設計者は忙しくて個々の技術をインテグレートする余裕などなく、むしろ分業化された作業別技術ジャンル以外のことはやらない傾向にあるようです。だから「熱は機構、EMCは回路」というように技術も作業部門ごとに分けられてしまいます。回路の場合はさらに電源、アナログ、デジタルのような作業分野ごとに分かれ、電源屋は電源のみ、デジタル回路屋は電源なんか知らない、という職場も多いような気がします。一番大変なのは製品プロジェクトのリーダーで、その人だけにゼネラリストの仕事が集中し、技術だけでなく人間関係まで「整合」させられて辟易している、という場合も少なくないと思います。このような環境で「世の中に貢献できる製品」ができるのでしょうか?

こういったことを書くと、若い人や中間管理職の人は「組織が悪い」と思い、管理側の人は「従業員の努力が足りない」と思うかもしれません。ここにも意識の分断が出来てしまうようです。特に技術から離れている管理側の人はこれを人間関係問題や待遇問題として扱おうとする傾向にあるようですが、問題はそこではないと思います。