コラム
同時にやるシクミづくりとヒトづくり。
やっと気づいた改革の本質
【第28回】重要なのは技術者育成のパフォーマンス
株式会社RDPi 代表取締役 石橋 良造
2013.06.27
前回は「学習」を通じて「成長」することの重要性をお伝えしました。実務を通して人はもっとも成長するものであり、そのための仕組みを作ることが大切だということをお伝えしました。そして、その仕組みの実現は、技術者の成長の仕組みを製品開発の仕組みの中に組み込むことがポイントになるということをお伝えしました。
このような仕組みを実現するには、従来からの標準化や開発プロセス構築などとはちがった視点が必要になります。今回は、この新しい観点について考えてみたいと思います。
グーグルのプロジェクト・オキシジェン
開発の仕組みは様々ですが、基本的な考え方は製品やサービスの QCD の確保がスコープとなっていると思います。そして、仕組みもマネジメントもプロジェクトのパフォーマンスを上げることが目的です。
ニューヨーク・タイムズに興味深い記事があります。 2011/3/12 の記事で、グーグルに関するものです。内容を簡単に紹介しましょう。
Google’s Quest to Build a Better Boss
http://www.nytimes.com/2011/03/13/business/13hire.html
世界中からすばらしく優秀な技術を集めているグーグルですが、失敗プロジェクトなども多く、必ずしも期待の成果を上げることができていませんでした。Buzz などの失敗サービスも結構ありましたよね。
グーグルの方針は、優秀な技術者をできるだけ自由にして好きなことをさせることであり、技術者が立ち往生したときには、より技術的に優れているマネジャーが指導してあげるというものだったのですが、それが、十分に成果を上げてなかったのです。
グーグルは、この問題の解決策を出すため、2009年にプロジェクト・オキシジェン(Project Oxygen)を 立ち上げました。グーグルらしく徹底的にデータを収集して分析した結果、最初にわかったのは、パフォーマンスにもっとも関係するものは仕事内容でも、同僚でもなく、マネジャーだということだったということです。
技術至上主義のグーグルでは、技術的に優れていることがマネジャーの条件だったのですが、様々な報告書の分析やインタビューなどを通じて「良い」マネジャーとは何かを分析しました。良いマネジャーの論理的なモデルを作るために、 10,000 人以上の管理職を対象にして、100 以上の変数を設定してデータ分析を行いました。グーグルらしいですね。
その結果できたのが Eight Habits of Highly Effective Managers とよばれるものです。良いマネジャーの8つの振る舞いです。実際、パフォーマンスが低いマネジャーに対して、この8つの振る舞いをトレーニングしたりコーチングしたりすることで、大きな成果を出しているということです。その8つの振る舞いというのはこれです。
この順番で重要だということに注意してください。意訳してみました。
- メンバー1人ひとりに向き合い、良い点と悪い点のバランスがとれた具体的で建設的なフィードバックができる「良いコーチ」である
- 細かな管理ではなく、バランスのとれた自由とアドバイスを与えることと、ストレッチゴールを設定することにより、やる気を引き出す
- 仕事以外のことも含めてメンバーの人となりを知り、個々のメンバーの成功とよりよい人生をおくることに関心を持っていることを伝える
- 臆病になることなく、チームが目標を達成すること、および、そのためにできることに集中し、生産的で成果指向である
- メンバーの話をよく聞き、情報を共有し、チーム目標などのメッセージを率直に伝える、よいコミュニケーターである
- メンバーのキャリア育成を支援する
- チームのために明確なビジョンと戦略を持ち、混乱の中にあってもゴールと戦略から外れないようにして、その実現に向けて前進する
- カギとなる高い技術力を持ち、必要に応じてチーム・メンバーにアドバイスする
マネジメントの教科書でよく言われているように、ビジョンや戦略なども重要ですが上位ではなく、メンバーの一人ひとりに寄り添い、動機づけし、成長を後押しすることが上位にあると言えるでしょう。記事には、グーグルの経営層は、グーグルが従来から重視していた技術力が下位であることに驚いたとあります。
グーグルのような超優秀な技術者の組織であっても、技術者が持っている能力や実力を発揮するためには、一人ひとりの成長や育成に強く関与することが大切なことがわかります。どこの開発現場でも、仕事を通じた一人ひとりへの対応が、開発の仕組みになっている必要があるでしょう。
重視すべきは製品ではなく技術者を開発するパフォーマンス
アラン・ケイをご存じですか? コンピュータに関わった人にとっては、スティーブ・ジョブズと同じくらい有名な人です。大型コンピュータの時代に「ダイナブック構想」というパーソナルコンピュータの概念を提供し、オブジェクト指向プログラミングやユーザインタフェース設計に多大な影響を与えた有名な研究者です。
アラン・ケイが、このニューヨーク・タイムズの記事にコメントをしています。
It's not about your project performance,
it's about your people development performance.
This is especially true in hard-skills business.
「ハードスキル (hard skills)」とは、製品開発や装置操作、IT などの技術を中心としたスキルのことです。「ソフトスキル (soft skills)」とは、ピープルスキルともいわれ、コミュニケーションや動機づけ、チームワークなど人間関係を中心としたスキルです。
アラン・ケイは、製品開発などのハードスキルがカギとなる仕事で重要なのは、プロジェクトのパフォーマンスではなく、人材育成のパフォーマンスだといっています。
多くの組織では、製品を作ることやそのためのプロジェクトのパフォーマンスを最大化するため様々な仕組みが整備され、技術者もマネジャーもそのパフォーマンスで評価されています。
一方で、技術者育成は実務とは切り離されたものになっており、必要に応じてセミナーなどの集合教育を提供することが中心です。日本の開発現場は、技術者を育てることを怠ってきたのではないかと思います。
製品を作るのは技術者です。良い製品や良いサービスを作るのはもちろん重要ですが、今、開発現場に必要なことは、製品やサービスの品質やコストなど短期的、直接的なことではなく、製品やサービスを開発する技術者を育成することなのではないでしょうか。今の開発現場にとって、何が最も大切なのかを振り返ってみる必要があると思います。