Club-Zコラム第18回

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更新日 2016-01-20 | 作成日 2007-12-03

コラム


同時にやるシクミづくりとヒトづくり。
やっと気づいた改革の本質

【第18回】システム設計のための脳を活性化する技術

株式会社RDPi  代表取締役 石橋 良造

2012.02.23

技術者に足りない思考スキルとは?

このコラムは、開発業務改革の成果を最大化するためには仕組みづくりと人づくりに同時に取り組むことが効果的というテーマなのですが、これまでは人づくりに必要なマインドや心の在り方などについて主に解説してきました。そこで、今回は実際の開発業務につながる話をしたいと思います。

ちょっと大きな話になりますが、日本の産業を支えてきた製造業に元気がありません。とくに、日本の電機産業は、韓国勢の勢いに押されて存在感は低下傾向にあり、Apple のように新しいマーケットを作り出すこともなかなかできない状態です。私はその原因のひとつは、機能の作り込みばかりを意識して新しい価値の創造という観点が不十分なことだと考えています。

これは、製品企画だけの問題ではありません。日本メーカーの設計現場を見て感じるのは、技術者は詳細化や具体化という思考を深めていく(狭めていく)ような設計は得意なのですが、思考を広げて経験がないことを着想するというのは不得意だということです。そのため、最上流の企画やシステム設計は苦手な作業となります。

たとえば、システム設計を支援するときにしばしば困ることがあります。最初のステップはドメインモデリングという作業で、対象のプロダクトやサービスが、ユーザーも含めてどのような人や物とどのような関係にあるのかを分析するのですが、これがなかなか進まないのです。ドメインモデリングの際にポイントとなるのは、対象のプロダクトやサービスが使われるシーン(シチュエーション)をできるだけたくさん想像することなのですが、技術者はこの思考が苦手です。

仮に、歩数計のメーカーが新たに Wi-Fi デバイスを搭載してネットワーク機能を持たせようとしているとしましょう。802.11 a/b/g/n/i のそれぞれの規格にあった通信手順や制限事項を具体化するのは得意なのですが、新しい機能をどのようなシーンやシチュエーションで使ってもらい、また、製品として実現するのかを考えるのは苦手です。たとえば、歩いていたら、自転車に乗っていたら、クルマだったら、電車だったら、地下鉄だったら、雨が降っていたら、夜だったら、電池が減ってきたら、同じ製品が複数近くにあったら、・・・ というように、ユーザーが経験するだろうシーンをできるだけ多く考えて、それぞれについて新しく追加する Wi-Fi 関連機能が外部とどのようなやりとりをすればいいのかを検討するのがドメインモデリングなのですが、すぐに行き詰まってしまいます。シーンを広げることができないのです。

システム設計改善のためのトレーニングでは、「フローアライブ」(*)という技法を使って、このような思考停止に陥ることを避ける練習をします。これは技術者向けコーチング技法のひとつなのですが、システム設計のドメインモデリングにも有効な技法なので、技術者にも身につけてもらっています。簡単にいうと、自分がシステム設計の対象になりきって、誰と、あるいは、何とどのようなやりとりをするのかをありありと想像するということです。ちなみに、技術者向けコーチングで使っている技法も紹介しておきましょう(図41 を参照のこと)。

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ドメインモデリングで必要となるのは、「思考を広げる」、あるいは「想像を広げる」ことであり、技術者に必要なのはそのような脳の使い方ができることです。そのための脳の環境作りも重要です。そのための技術が「フローアライブ」です。もう少し詳しく紹介しましょう。

フローアライブ

フローアライブとは、五感を最大限に使ってある特定の状況をありありと再現する技術です。時間と空間を越えてトリップすることです。このように書くと、ちょっとアブナイ感じになってしまいますね。先ほどのドメインモデリングではその対象になりきることです。そのイメージは人それぞれなのですが、一例としてどんな感じになるのか紹介しましょう。

この部屋は新しく開発する腕時計型の歩数計。周りを見渡すと、アンテナ、加速度センサー、GPS、温度センサー、湿度センサー、脈拍センサー、電池、表示パネルなど、何人もの人がいる。私は、その中のひとり Wi-Fi だ。

Wi-Fi の電波を探しているのだけど、使えそうな電波は見えないし聞こえない。加速度センサーに聞いてみると時速5km で移動しているらしいので、電池に続けても大丈夫かを確認してもう少し電波を探してみる。

今、使えそうな電波が見つかったのでデータ通信を開始した。体力の消耗(消費電力)が激しくなる。でも、データ通信に問題はない。突然、電池からスリープしろという指示がきた。でも、今は通信中なのでスリープするわけにはいかない。データ通信は続けると返答した。

モニターしていたデータ通信速度が落ちてきた。アンテナに確認すると電波強度が落ちてきていることがわかった。通信を中断することを MPU に知らせ、他の Wi-Fi 電波を探してみるが使える電波がない。さっきのスリープ指示は解除されていないので、このままスリープすることを電池に知らせた。


これはスリープ要求があったという1シーンですが、こんな感じで、徹底的に臨場感を出して、何が起きるのか、どういう行動が必要になるのかを自分の言動として具体化します。このとき、実際に部屋を動き回ったり、顔の向きを変えて指示したり、あるいは、指示を聞いたりするのです。こうやって臨場感を出すことが脳の働きを活性化させ、机について考えているだけでは気づかなかったことや、想定していなかったシチュエーションを気づかせてくれるのです。バカバカしいと思うかもしれませんが、創造性や想像力を強化するのには脳の働きを活性化することが大切なのです。

脳の働きを活性化させるというのは「意識」レベルを上げることを意味します。意識とは、脳の働きが活発化し、五感に対する刺激を感じ取ることが可能な状態のことです。詳しい解説は別の機会にしたいと思いますが、五感すべてが鋭敏になっているときが最も意識レベルが高い状態であり、脳ももっとも活性化している状態なのです。

図 42は意識レベルを分類したものです。もっとも意識レベルが低いのは眠っているときですが、その上のレベルは「自己集中レベル」です。これは自分だけの世界で思考している状態で、机についてひとり設計しているときもそうですし、人の話を聞いていても上の空だったり、人の表情や態度を気にすることなく話をしているときなどもこのレベルです。

その上のレベルは「刺激受容レベル」で、外部の存在を認識できていて外部とのやりとりができている状態です。同僚などに質問されたり、話をしていたりすると、思いもよらないヒントがあったり、考えていなかったことに気づいたりすることがありますが、そんな自分の狭い思考から一歩外に出た思考ができる状態です。

さらに上のレベルが「五感レベル」です。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感をできるだけたくさん、かつ、できるだけ深く働かせることができている状態です。軽く運動をしたときや、お風呂に入ってゆったりしたときや、テンションが高かったりするときに、驚くような発見や気づきがあることがありますよね。脳を活性化させるには、五感すべてを総動員することです。

そして、もっとも高い意識レベルが「フローレベル」です。完全にその場面に入ってしまっている状態で、外部のことは認知できていながらも完全に独自の世界に入ることができます。フロー状態については、「フロー状態が最高のパフォーマンスをもたらす」でも解説しています。

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