アナログ回路

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更新日 2016-01-20 | 作成日 2007-12-03


☑アナログ&ミックスド・シグナル回路の設計と
 基板レイアウトで知っておくべき基礎技術

最終回 シミュレーション結果と現実に基板にレイアウトしたものは同じではない

アナログ・デバイセズ株式会社 石井 聡

2011.10.27

15-1 SPICEモデリングの限界

■コンピュータ上では回路の全動作の予測は困難
長い連載のここまでですでにお判りいただいたように、実際の電子回路そしてそれが実現されるプリント基板には、回路図には描かれていない多数の「不確定要素」が含まれています。
これらの不確定要素は、プリント基板や、そのパターンの導体、さらにはICパッケージなど物理的な要素や特性からくるものです。
コンピュータを用いたソフトウェアによる計算ツールで、これらの不確定要素の全てを組み込んで回路の動作を予測することは(たとえ不可能ではないにしても)非常に困難です。アナログ&ミックスド・シグナル回路の性能、たとえば分解能もしくは高周波特性、あるいはその両方において、これらの不確定要素がかなり影響を与えることになります。

■SPICEシミュレータは価値がある?ない?
このため高性能アナログ&ミックスド・シグナル回路のプリント基板上での「実際の最終性能」を予測するために、SPICEシミュレータなどのソフトウェアのみを使用することはお勧めできません。これらのシミュレータによる事前検討によるモデリング結果(あくまでも理想状態でのシミュレーション結果)が得られた後に、実験によって「実際の最終性能」を検証する必要があります。
これは「SPICEシミュレータには価値がない」という意味ではありません。それどころか最新の高性能アナログ&ミックスド・シグナル回路設計の大部分は、SPICEシミュレータなどのプログラムの助けがなければ決して実現することはできません(図15-1)。

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図15-1-1 SPICEシミュレータの例(NI Multisim Analog Devices Component Evaluator)



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図15-1-2 図研のアナログシミュレーション環境



■シミュレーション結果は「完全なものではない」
それでもこのようなシミュレーションでは、使っているデバイス・モデルの範囲内でのみ有効であり、しかもそのデバイス・モデルは、本来のデバイスの全ての振る舞いを包含している「完全なものではない」ということを忘れてはいけません(図15-2)。
これまでもプリント基板上の導体(パターン)、絶縁体(基板自体)、各素子から生じる寄生成分がアナログ&ミックスド・シグナル回路の動作に及ぼす影響について検討してきました。SPICEシミュレーションで用いられるデバイス・モデルに対して、これらの不確定要素は含まれる筈もありません。
つまりシミュレーションで得られた結果は「完全なものではない」という点を認識することが必要です。

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図15-2 SPICEデバイス・モデルは完全なものではない


■デバイスの完全なモデルとは
デバイス・モデルについて、オペアンプを例として考えてみましょう。オペアンプには20~40個ほどのトランジスタ、ほぼ同じ程度の数の抵抗、数個のコンデンサが含まれています(図15-3)。さらに本来の完全なモデルという点では、これらすべての部品のほか、拡散プロセスによってオペアンプ・チップ内に形成される寄生ダイオードや、複数の部分で生じる寄生容量や寄生インダクタンスが含まれます。

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図15-3 本来のオペアンプの完全なデバイス・モデル(これでもまだ簡略化されている)

このような精密モデルは、IC設計者がデバイスを設計・評価するときに使われるモデルです。このような完全・精密なモデルでさえ、シミュレーションでは実際のオペアンプの動作にかなり近い結果を示すにしても、「本当に全て正確にオペアンプ現物と同じ動作」になるわけではありません。
さらにこのような設計で用いられるような精密デバイス・モデルは、一般に公開されることはありません。このモデルには、半導体業界の同業他社が新しい製品を設計するうえで、アイディアをコピーしたり改良したりするのにとても有益な情報がたくさん含まれているからです。
また、このような精密デバイス・モデルを含んだ複数のオペアンプでできあがったシミュレーション・データの場合は、シミュレーションで答えが出るまでに、あまりにも時間がかかりすぎます。

■実際のSPICEデバイス・モデル「マクロ・モデル」
これらの理由によって、実際に半導体メーカーやSPICEシミュレーション・ツールのソフトウェア会社が公開しているアナログ素子のSPICEデバイス・モデルは、図15-4のような「マクロ・モデル」です。
「マクロ・モデル」は本来のデバイスの動作をモデル化し、模倣するものであり、そのアナログ素子の主要な機能や振る舞いはそのマクロ・モデルに盛り込まれていますが、細部はかなりの部分が省かれています。
したがってSPICEシミュレーションは、必ずしも正しい回路性能を反映するものではなく、回路性能を「実際に実験的に検証する」ことが間違いなく必要です。
さらに示したように、プリント基板のパターン、絶縁体、寄生成分など、きちんと明示的にそれらの全てをSPICEシミュレータ・ツール上でモデリングしなければ、適切なSPICEシミュレーションが実行できるはずもありません。

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図15-4 OPアンプの「マクロ・モデル」の例